それから・・・半月の時が過ぎた。
蒼の書七『執行者』
その間さまざまな出来事が目まぐるしく交差した。
まず、『大聖杯』破壊だがこちらは大方の予想通り魔術教会が黙っていなかった。
即座にセカンド・オーナーである凛を招聘したが、ゼルレッチ・コーバック・更に青子が凛の弁護側に回った事で彼らは最初から及び腰となった。
その席で改めて『六王権』が側近衆と共に復活し更には彼らによって『大聖杯』が略奪された事を告げる。
それでもまだ信じていなかった様子もあったが、ここでタイミング良く、聖堂教会より正式に死徒二十七祖第二位『六王権』復活が全世界に向けて宣言され、更に十年前、志貴によって打破され今でも空位のままである二十七祖第七位に最高側近『影』が、そして同じく空位の第十二位、十九位、二十二位、二十三位、二十五位、二十六位には『六師』がそれぞれ据えられた。
そこまで来てようやく協会の石頭達も事の次第を認めた。
とは言え認めたのは『六王権』復活についてのみ。
『大聖杯』破壊については凛を処断する気でいたのだが、それもゼルレッチが不問にした。
ある交換条件を提示する事で。
『では、こうしよう。トオサカの罪を不問とする代わり、弟子を五名まで取る。更に我が弟子『錬剣師』の情報を一部公開しよう』
これにより形勢は見事に逆転、気が付けば凛は処罰を何一つ受ける事無く改めてこの春時計塔への特待生としての入学を認定。
そして魔術協会は『錬剣師』=士郎の情報を手に入れた。
最も、それは本名と国籍だけの本当にごくごくごく一部に過ぎないが、それでも彼らにしてみれば待望の『錬剣師』の情報である。
最も彼らがこれで満足する筈も無いだろうが一先ずと言った所だろうか。
即座にこれらは重要機密行きとなった。
(無論だが、これは全て士郎の了承を得ての事である。まあ、士郎であれば凛を守る為ならば事後承諾でも苦笑して受け容れただろうが)
そして士郎の周囲でも交錯した。
まず、メディアであるが、予想通りと言えばそうだろうが、葛木宗一郎と籍を入れ正式に夫婦となった。
戸籍自体は凛の協力を得て工作してもらった。
新居も考えたのだが、メディア自身元王女と言う事もあるのだろう。
家事能力が駄目である事が判明し暫く奥様修行を兼ねて衛宮邸で暮らす事になった。
いや、メディアだけではない。
アルトリア・メドゥーサ・セタンタ(クー・フーリンよりは名前としてしっくり来るだろうと言う事で自然に呼び方が変わった)・ヘラクレスも衛宮邸で居候となる事になった。
ただ、アルトリア・メドゥーサはマスターである凛、そして桜と行動を共にしており、基本としては遠坂邸で過ごし、食事時は衛宮邸を訪れる様にしている。
また、服装についての問題もアルトリアは既に凛よりもらった服があるし、セタンタ・ヘラクレス・メディアは普通の服を何処からか調達して事無きを得た(メディアならばフードを取ってしまえばローブ姿でも問題は皆無だが)が残されたメドゥーサが問題になった。
何しろ服は着替えれば問題無いが魔眼を封じる為とは言えあの眼帯は周囲から見てもかなり浮く。
かといって彼女だけ霊体化させるのも申し訳ない。
(最も受肉した為か霊体化自体が不可能となってしまったが)
だが、凛達の懸念を士郎は極めて簡単に解決した。
どうも凛達の予想以上にこの衛宮邸はびっくり箱の宝庫であるらしい。
三十分ほど土蔵に篭っていた士郎はあっさりと魔眼殺しのレンズの入った眼鏡を用意してきた。
士郎の話だと以前青子が突然やって来て『士郎これ預かっていて』と問答無用で押し付けられたのだという。
青子が仲の悪い姉から魔眼殺しを嫌がらせの為だけにこれをかっぱらってきた事を士郎は後に知る事になる。
このようにして懸念を解消した衛宮邸の人口比率は一気に急上昇した。
一応の家主である士郎を筆頭に、凛、桜、イリヤ、セラ、リーズリット、アルトリア、メドゥーサ、セタンタ、ヘラクレス、宗一郎、メディア、そして食事時に乱入してくる大河の総勢十三人。
ちなみに、大河が衛宮邸の人口過密を目の当たりにしたのは『六王権』との遭遇から一週間後の夕食の事で、
「士郎〜!久しぶりにご飯ご飯・・・あれ?・・・なんか・・・って!!士郎!!!!何よーーーーーーーーーーーー!!!!この団体さんはーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」
予想通り大爆発。
それでも『聖杯戦争』中の局地ハリケーン『タイガー』に比べて威力が弱かったのは増員されたのが女性オンリーで無い事が幸いしたようだ。
それでもその威力は強大で、威力を知り尽くしている士郎・凛・桜は無論すばやく耳を塞ぎ、以前歩くハリケーンの被害に見舞われたイリヤ、アルトリア、メドゥーサ、ヘラクレスは士郎達より早く耳を塞いで被害は耳がキーンとする程度で済んだが、経験の無いセラ、セタンタ、メディアは一撃で昏倒。
リーゼリット、宗一郎はどの様な神経をしているのか耳を塞いでいなかったにも関わらず、意に関する事はなかった。
手の付けられない暴れっぷりを見せかけていた大河だったが、士郎と同僚である宗一郎の説得で沈静化、説明を聞く事になった。
メドゥーサについては凛達の遠縁で今回はホームステイの目的で来日したが遠坂邸が内装工事を行っているのでここを臨時のホームステイの場所としていると話を合わせ、セラ、リーゼリットはイリヤの世話役、ヘラクレスはイリヤの後見人で大河が前回来た日の午後訪れたと言う事、セタンタは切嗣とは海外での飲み仲間で仕事の関係で先日から来日しふらりと立ち寄り滞在状態となったと話す。
そして宗一郎とメディアに関しては柳洞寺が倒壊した事で一成の伝で士郎の家に暫く居候させてもらうという事を本人達から言い出され、舌先三寸で大河を丸め込んだ。
無論合間を見計らい士郎は志貴達と欧州に赴き『六王権』捜索を続けている。
だが・・・
「士郎お疲れ」
「ああ、どうだ?」
「駄目だ。全く手がかりがつかめない」
「やはり、欧州ではないんじゃ・・・」
「それも考えられるが姉さんの話だと他の地域に『六王権』の気配はまるで感じられないそうだし・・・」
「そうだな・・・やっぱり『六王権』はここにいると思った方が良いか・・・」
二人の会話からでも判る様に、どう言う訳か『六王権』一派の足取りは完全に途絶え、今現在に至るまでその足取りは手がかりすら掴めていない状況だった。
しかもそればかりではない。
死徒や死者の動きが異常に鈍いものになっていた。
『聖杯戦争』終戦後から見ても目立った動きは下級の死徒位のみ、上級の死徒に関しては音沙汰が無かった。
そう・・・二十七祖すらも・・・
「・・・士郎それと気付いていると思うが」
「ああ・・・最近死徒の動きが鈍くなっているよな・・・」
「そうだ。教会は『六王権』捜索がしやすいと喜んでいるようだが・・・」
「やはり気になるのか?」
「ああ、二十七祖の半分以上が『聖杯戦争』後急に消息を絶っている」
そう・・・それが二人にとって最大の懸念材料・・・元々何処にいるのかもわからない、第五位ORT,第十一位『捕食公爵』スタンローブ・カルバイン、以前志貴が退けた第十三位『タタリ』ワラキアを除き、志貴達が把握しているもので、『六王権』一派を含めて、第二位、七位、十位、十二位、十四位、十五位、十六位、十七位、十八位、十九位、二十一位、二十二位、二十三位、二十五位、二十六位と・・・実に十五体の二十七祖が消息を絶っていた。
無論己の居城に潜伏している可能性もあるがそれを確かめる術は教会には無かった。
「どうだ?士郎師匠に頼んで、一度『代弁者』になって探り入れて見るか?」
「それも提案したんだが、師匠に突っぱねられた。薮蛇や最悪の事態は避けたいって」
「・・・そうだな・・・代弁は俺達二人だけで行かないとならないしな・・・」
「とにかくもう暫くは」
「様子見か・・・」
「そうだな志貴」
そんな日常と非日常が入り混じった日が目まぐるしく交差し、ようやく落ち着きを取り戻し始めた午後、士郎は自室で一人瞑想に入っていた。
「・・・ふう・・・無茶に無茶を重ねたつけだな・・・間違いなく」
溜息をつく士郎。
魔力の回復は済んでいるが、やはり『聖杯戦争』で疲弊した魔術回路の回復にはもう少しかかりそうだった。
ちなみに今この家には士郎しかない。
凛・アルトリア・メドゥーサ・イリヤ・セラ・リーズリット・メディアといった主だった女性は全員新都へ買い物に出かけている。
生活雑貨と服、下着関連を買いに行ったのだ。
セタンタとヘラクレスは港に釣りに出かけている。
セタンタは生前からの趣味に手持ち無沙汰なヘラクレスを誘い、ヘラクレスもそれに同意した。
桜は学校に出かけ宗一郎も卒業式で学校に赴いている。
大抵家に一人二人はいる事の多い衛宮家で士郎一人が残ると言うのも珍しかった。
と、そこに呼び鈴が鳴る。
「??誰だ?」
首を傾げながら玄関に向かう。
「はい、どなたですか?」
引き戸を開けるとそこには、鳶色の髪をショートカットにしたスーツ姿の女性が立っていた。
「あなたは・・・もう大丈夫なんですか?」
「はい、先日やっと全快しましたので今日はその報告とお礼に」
そう言って女性は柔らかく笑った。
「そうですか。それは良かったですね。バゼットさん」
「ええ、改めてこの前はお世話になりましたね。士郎君」
士郎が目の前の麗人バゼット・フラガ・マクレミッツと初めて出会ったのは一月三十日深夜の出来事だった。
この日、『大聖杯』破壊を一刻も早く行おうとしていた士郎は他のマスターの眼を掻い潜り柳洞寺地下に潜り込もうとしたが、その時既に柳洞寺にサーヴァントの気配を察知した為、潜入を断念。
帰路に着く前に深山全域の偵察に移行していた。
(この当時士郎は柳洞寺に潜むのがキャスターであった事までは察知していなかった)
そして、遠坂邸、間桐邸を一回りした後、偶然にも士郎は寂れた洋館に辿り着いた。
長年深山に住んでいた士郎も初めて見る洋館に偵察を忘れ眺める。
と、そこにかすかな血の臭いを嗅ぎ取り、中に踏み込んでみるとそこには意識を半ば失った女性の姿を認めた。
慌てて抱き起こすが状態は予想を遥かに超える悪い状態だった。
左腕を肘から切り落とされ、更に背中にも重傷を受けどちらも致命傷に近い。
このような寂れた洋館に潜んでいる事と『聖杯戦争』もじきに行われようとしつつある事も考えれば多分この女性もマスターの一人。
何があったのか知らないが、このまま見捨てても良かった。
だが、その様な事情を全て承知の上で諦めるつもりも見捨てるつもりも無い士郎はひとまず清潔そうな布を片っ端からかき集め、それで即席の包帯を作り上げ、応急ながら手馴れた止血処置を施し、ひとまずここから自分の屋敷に連れて行くことにした。
バゼットが気付いた時まず眼に入ったのは見慣れぬ天井だった。
「ここは・・・それに私は・・・っ!!」
起き上がり状況を確認しようとするが全身を駆け巡る激痛に表情を歪める。
その痛みが彼女に意識を失う前を思い出させる。
「そうでした・・・私は・・・」
この地で行われる『聖杯戦争』に備えサーヴァントを呼び出した。
だが、この地にいる知人であり戦友であった筈の男に裏切られ、騙まし討ちにあいその挙句にサーヴァントを失い一人惨めに死んで行く・・・その筈だった。
「どうして私は・・・それに・・・」
見れば彼女は完璧な手当を施されている。
あれだけの重傷にも拘らず傷までも癒えている。
無論左腕は失われたままであるが。
だが、それでもこの事態は理解出来なかった。
「これは一体・・・」
そう呟いた時不意に入り口のドアが開き学生服を身に着けた赤毛の少年が姿を現す。
「ああ、やっと眼を覚ましたんですね」
そう言って少年・・・士郎は穏やかに笑った。
自宅に戻った士郎はまず、志貴にエレイシアを文字通り大至急連れて来て貰うように要請すると『錬剣師』としての仕事で最初の頃はお世話になっていた、止血剤を投与した上で改めて手当てを行う。
そしてひとまず止血が完了した所で今度は増血剤を投与した時、志貴がエレイシアを連れて来て彼女の手で改めて完全な治療が施され、バゼットは一命を取り留めた。
「所で士郎君、彼女が誰か判っているんですか?」
その帰りがけエレイシアがそんな事を言う。
「へっ?誰って・・・今回の『聖杯戦争』でマスターとなる魔術師ですよね?」
「はあ・・・そこまで察していても助けますか・・・士郎君も志貴君にどこか似ているんですよね・・・」
溜息混じりにそう言うと、士郎に説明を始める。
「彼女はバゼット・フラガ・マクレミッツ。『魔術協会』の封印指定執行者です」
「封印指定執行者?」
「はい、士郎君は封印指定の事は無論知っていますよね?」
「それは師匠から嫌と言うほど叩き込まれたので」
封印指定・・・魔術師にとってそれは最高の名誉であり最悪の厄介事。
魔術師として際立った才能の持ち主を協会が保存する。
だが、保存される側から見ればそれは大きなお世話に他ならない。
何しろ保存されてしまえば全てを賭けて追及している魔道を極められなくなるのだから・・・
だから大半の魔術師は封印指定を受けてもそれを拒否し姿を隠す。
それを追い、封印指定を実行するのが執行者。
「で、この人も」
「ええ、協会に入会したばかりの新人ですがその戦闘能力は執行者の中でもトップクラスを誇ります。おそらく魔術協会の命でこの『聖杯戦争』に参加したのでしょう・・・ですが、彼女ほどの執行者が何故これほどの深手を・・・」
その会話に志貴もまざる。
「可能性があるとするなら二つ。一つは彼女の実力が噂とは程遠いものだった」
「それは無いでしょう。そんな実力なら執行者にも任命されない筈ですし、そもそもその程度の実力ならば『聖杯戦争』のマスターとして招聘されないでしょう?」
「それもそうですね・・・」
更に士郎も混ざる。
「そうなると、彼女に深手を負わせた相手が顔見知りだった。もしくは顔見知りに成りすました何者かが襲撃を仕掛けた」
「それが妥当ですね・・・」
「どちらにしろこのまま客間に寝かせよう。下手に藤ねえ達に見つかったら何言われるか」
「それが最善でしょうね」
大河であればまだ良い。
これが凛か桜であれば間違いなく事態はこじれる。
最悪士郎の素性、目的すら割れる恐れもある。
「それとエレイシアさん、腕の方はやはり・・・」
「ええ、腕に傷みが激しいですから処分しておきました。正直に言ってもう義手に替えた方が良いですね」
「判りました。急にお呼び立てしてすいませんでした」
「まあそこは手が空いた時で構いませんから士郎君のお手製のカレーパンを作ってもらいましょうか。あの『メシアン』を超える味ですからね」
「姉さん、あいも変わらずですね」
そこはちゃっかりしていると言うべきかそんなエレイシアの言葉に顔を見合わせ苦笑する二人だった。
「えっと・・・君がここに?」
「はい、バゼット・フラガ・マクレミッツさん」
士郎の言葉に苦痛に眉を顰めながらも立ち上がり戦闘態勢をとる。
「ああ、傷が開きますよ。完全に治癒してもらいましたが完全に塞がっている訳でもないんですから」
そんなバゼットを士郎は容易く横にする。
「なぜ・・・私の名を?」
「あなたの治療をして頂いた人に聞いたんです。あなたの素性も全てわかっています。ですが安心して下さい。別にあなたに危害を加える気はありません」
布団を掛け直す。
「それも・・・そうですね。その気になればいつでも私の命なんて奪えましたね」
「そうです。取り敢えず、食事は食べられますか?」
「そうですね・・・敵地で食事は頂かないのですが助けられた手前です。頂きましょう」
「そういえば和食は?」
「基本的には何でも口に出来ますが」
そう言って右腕だけでぎこちないがそれでも片腕だけとは思えない速度で作業の様に食事を済ませる。
「ふう・・・まずは落ち着きました」
味に関しては何の感想も無くただ一言で済ませた。
その機械的な食事にさしもの士郎も引きつった笑みを浮かべるだけだ。
「えっと・・・どうでしたか?美味いとか不味いとかは?」
「いえ、至ってシンプルで消化しやすいと認識しましたが。しいて言えば最後の野菜は生で食べるにしては塩味が利きすぎていたと思いますが」
「・・・」
思わず無言となる。
それでも気を取り直して
「それと左腕ですが・・・」
「腕に関しては縫合は不可能だったのでしょう?」
「ええ、損傷も激しく既に処分しています」
「そうですか・・・」
俯く。
だが、直ぐに顔を上げる。
「ですがこうして私は生きています。それについては喜ぶべきですね」
「そうですよ。生きているんですから。ところで何故あそこで?」
「・・・君は魔術師ですか?」
「ええ、最も、セカンド・オーナーから隠れた潜りですけど」
「なるほど・・・それなら話はわかる。冬木には遠坂と没落した間桐しか魔術師の家系は無い。それなら話しても支障は無いですね。私はこの地で行われる『聖杯戦争』に参加しようとサーヴァントを呼び出しましたが・・・知り合いに襲われ・・・片腕ごと私のサーヴァントを奪われました」
「そうですか・・・それでこれからどうする気ですか?」
「出来れば自分のサーヴァントを奪還したいですが、この腕では返り討ちにあうのが関の山ですね。取り敢えず義手を手に入れないと・・・」
「それなら・・・ここに向かって下さい」
そう言うと士郎は封筒と地図を差し出した。
「これは?」
「知り合いの知り合いの場所です。それでその封筒を見せれば多少の融通は利かせてもらえると思います」
「ですが良いのですか?このような物を?等価交換も無しで」
「まあ等価交換は基本なんですけど・・・今はそれほど交換要求は無いのでまた後でゆっくりと決めるとします」
「・・・それならこれはありがたくもらいましょう・・・えっと・・・」
「ああ、申し遅れました俺は衛宮士郎と言います」
「エミヤ?もしや君はキリツグ・エミヤの縁者ですか?」
「えっ?確かに俺は親父の養子ですけど・・・親父をご存知なんですか?」
「無論です。フリーランスの魔術師と言えその腕前は魔術師達の中でも語り草ですから。キリツグ氏はご健在ですか?」
「いえ・・・もう亡くなりました」
「そうですか・・・通りでここ十年近く彼の名を聞いていないと思いましたが・・・」
「あの・・・そんなに有名なんですか?親父って・・・」
「ええ、キリツグ・エミヤ、別名『魔術師殺し(メイガス・マーダー)』とまで呼ばれた凄腕の魔術師です。彼に狙われたら最後、例え工房に篭っても彼の手で殺されるしか未来はないと言われる程の腕前です。魔術師達の間では『メイガス・マーダー』は死の代名詞だと今でも恐れられています」
「は、ははは・・・」
親父・・・あんた生前どういった事やらかしてきたんだ・・・
その様な経緯を経てバゼットは冬木を離れ義手を手に入れた。
「それにしても驚きました。まさか士郎君が『オレンジ』と接点があったとは思いませんでした」
「いや、俺に接点があったと言うよりは俺の知り合いに接点があっただけなんで」
そう・・・バゼットが向かった先・・・それは魔術協会から封印指定を受けた最凶・最悪の『人形遣い』蒼崎燈子の事務所『伽藍の洞』。
最初、互いの姿を認めた時互いに警戒していたが、バゼットの持参した士郎の手紙を見るや大笑いをして、『腕を見せてみろ。最高級の義手を提供してやる。代金なら他所からもらう事が決まっているからな』と言ってバゼットからは一銭も貰わずに本物の腕と寸分の間違いも無い義手を提供した。
そしてその後、バゼットは協会に今回の顛末を報告後、再び冬木の地に降り立った。
と言うのも
「で、他にも用事があるのでしょう?」
士郎の言葉にバゼットは苦笑して頷く。
「ええ、時計塔から『錬剣師』衛宮士郎の捕縛を命じられまして」
「やっぱり・・・と言うかよく嗅ぎ付けましたね。向こうも俺の名前と国籍だけで・・・どうせならその情熱を『六王権』関連にぶつけてくれれば良いものを」
溜息を吐く。
「まあ向こうにしてみれば『真なる死神』に繋がる貴重な鍵ですから」
「やれやれ・・・俺よりも主目的はそっちですか・・・」
だが、それも当然。
『錬剣師』の戦闘能力も捨てがたいであろうが、本命は『直視の魔眼』と言う最高ランクの魔眼と聖獣と言う幻想種(教会は未だに悪魔と呼んでいる)を従える『真なる死神』=志貴であるのは止むを得ないだろう。
だが、バゼットはさらりと
「ですけど私は行いませんが」
「へ?」
「私は命じられたとは言いましたが、受諾したとは言っていませんよ士郎君」
「じゃあ」
「はい、この依頼は拒絶して協会からも離脱しました。元々この『聖杯戦争』に参加もせず離脱しましたからその責任も問われた事もありますけど」
そう言って柔らかく笑うバゼット。
「そうですか・・・じゃあここには純粋に全快の報告に?」
「いえ・・・実は士郎君に少々相談がありまして・・・」
この段階になってバゼットが急にそわそわしだす。
「俺に?」
「はい実は・・・」
その言葉をかき消すように
「今帰ったぜ!!」
セタンタの景気の良い声が玄関から聞こえてくる。
「!!!」
その声にバゼットがぎょっとする。
「し、士郎君・・・い、今の声は」
それに答える前にセタンタとヘラクレスが襖を開けてくる。
「おうシロウ、今日も大漁大漁」
「今夜も魚介類には不自由しないだろうな」
「と言うか・・・お前達何か言われなかったか?漁協の人に?お前達・・・と俺も含めて三人揃って港に立ち入り禁止じゃ・・・」
つい先日ついついむきになって三人で港の魚を釣り尽くした事を思い出す。
「そんな小さい事気にすんなって。それと誰か来てるのか?見慣れない靴が・・・」
その時セタンタの視線が完全に固まったバゼットを捕える。
その瞬間、セタンタも硬直した。
「な、な、バ、ババ・・・バゼット!!!!」
「ラ、ララララ・・・ランサー!!!」
「「何でお前(貴方)がここにいるんだ(ですか)!!」」
二人の絶叫が響いた。
「そっか・・・バゼットさんの奪われたサーヴァントってセタンタだったんだ・・・」
ようやく落ち着いた二人から話を聞いた士郎は溜息を吐く。
「て言うか・・・よもやマスター・サーヴァント揃ってお前の世話になるとは思わなかったぜ」
「全くです。まさか言峰から巡り巡って士郎君のサーヴァントとなった挙句受肉しているとは・・・」
顔を見合わせてしみじみと言う二人。
「しかしまあ・・・なんだ・・・悪かったな・・・」
「いえ、その・・・」
二人ともどうもぎこちない。
不意に士郎とヘラクレスの視線をかわす。
『聖杯戦争』時においてごく短時間ながら戦いあった戦士と士郎は言葉も無く意思を疎通する。
「さて、私は道場で身体を動かしてくる」
「じゃあ俺も。セタンタとバゼットさんはごゆっくり」
「「へ!!」」
言葉がはもる。
「お、おい!!シロウ、それにヘラクレスの旦那!どういうこった!」
「そ、そうです!」
「いや・・・どうもこうも・・・なぁ〜積もる話もあるだろうと思うし」
「ああ、やはり邪魔者は消えた方が言いと思ってな」
「ってちょっと待て!邪魔者って・・・」
「そ、そうです!!それにまだ相談したい事があるんです!!」
バゼットの言葉に足を止める。
「あ〜そういえばそうだった。さっきセタンタが来たものだから・・・で、相談と言うと?」
「ええ、実は・・・先程もお話しましたが先日私は魔術協会を離脱しました」
「ええ、それは聞きました」
「それで・・・今は無職なんです」
「まあそうでしょうね。それで・・・本題は・・・」
「判りませんでしょうか!今無職なんですよ!収入が無いんですよ!!おまけに日々労働意欲をこれでもかとばかりに持て余しているんです!!!!!」
居間に暫し沈黙が舞い降りた。
「あ〜つまり就職先の斡旋を?」
先程の台詞を今日本で社会問題になっているニート共に聞かせてやりたいなと思いつつ士郎が確認を取る。
「いえ、そこまでは望みません。出来れば私に合う職を見繕ってもらいたいんです」
「そうは言ってもな・・・バゼット、お前結構不器用だろうに」
セタンタのからかいの言葉に帰ってきたのは無言のジャブ。
それを笑いながらかわす。
「そうなのか?」
「まあな、口よりも先に手が出るし」
今度はフックが襲来する。
「ああ、それは今この光景を見ればわかる・・・そうだな・・・デスクワークとかは?」
「ある程度出来ます・・・ただ、私としてはやはり身体を動かす仕事の方が・・・」
「じゃあボディーガードとかはどうだ?大河の姉ちゃんの実家が確か探していたよな」
セタンタの提案に渋い表情を浮かべて横に振る。
「却下です。それは藤村組と言う日本版マフィアの事かと思いますが、あそこは抗争自体を嫌っている節がある。実力を遺憾なく発揮出来ない所は私としては辛い」
「せめて極道と言ってくれ・・・」
「似たり寄ったりではないでしょうか?」
バゼットの言葉にも一理あるが、それでも街中で真っ昼間から銃撃戦などはやらない。
まあ、虎が吼える事は日常茶飯事だが。
「では、教師とかはどうかな?見た所バゼット嬢は礼儀正しい。問題は無いと思うが」
続いて出されたヘラクレスの提案に反対を出したのは士郎だった。
「いやそれも駄目。ヘラクレス、最近の学校じゃあ体罰は厳禁なんだ。見た限り手が口より先に出るバゼットさんに出来るか?」
「まず間違いなく直ぐにくびだろ?」
「で、翌日の新聞に『新人教師セクハラ教師を撲殺』って記事が載るんだろうな・・・」
冗談口で言ったにも関わらずそれは恐ろしい程現実味のある想像だった。
「言いたい放題言いますね・・・士郎君、ランサー・・・」
こめかみを痙攣させて抑えた口調でバゼットが言う。
「でも、事実無根のでっち上げと言えるのか?バゼット?」
「っ・・・・・・・」
セタンタの言葉に返す言葉も無かった。
言葉の代わりに高速のフリッカーが飛んだが。
だが、それを涼しい表情で交わすセタンタもさすがと言うべきか。
「まあそれはそれとして・・・取り敢えずこれについては凛達が帰ってきたら改めて協議しようか?」
「そうだな。もっと大勢の人数でならいい案が出ると思うぜ」
「すいません・・・それと実は、もう一つ相談がありまして・・・ある意味こちらの方が本題なんですけど」
「今度は?」
「はい、最初の相談とだぶる所もありますが・・・魔術協会から離脱した事でビザやパスポートを取得するのが難しくなりまして・・・」
三人は顔を見合わせる。
「それで、ホテルすらチェックインできない有様です」
「それで?」
「はい、それで・・・住む場所が無いものですから・・・ズバリ言わせてもらえれば暫く間借りさせてもらえませんでしょうか?」
「ああなるほど・・・って!!なにぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
お約束のような士郎の絶叫が響いた。
「・・・どうする・・・」
セタンタの言葉にも士郎は本気で頭を抱えた。
まあ部屋は空いている(切嗣が存命の時に離れを増築しその結果部屋数が正統の歴史よりも増えている為)ので間借りは可能である。
だが、これ以上人が増える事は望ましい状況ではない。
具体的に言えば虎の咆哮とか。
と、そこへ
『ただいま』
とお出かけになっていた一行の声がした。
「一先ず・・・間借りの件もまとめてと言う事で」
で、やはりと言うか紛糾した。
凛はバゼットの顔を見るやガンドを構えようとするし、間借りの件を改めて話されると遠坂姉妹は揃って反対の意向を表明するなど大荒れに荒れた。
そしてやはり、その直後にやって来た大河はやはり大爆発。
だが、そこはどうにか押さえ込み、口裏を合わせて(バゼット本人には内密)バゼットはセタンタの新妻と言う事に落ち着き、セタンタとバゼットは同じ部屋に暮らす事になり、職もちょうど人材を探していたシオンの眼にバゼットは留まり、バゼットは『裏七夜』の遊撃要員として迎えられるようになった。
詳しく話せれば幸いだが、この話は長くなりそうなので別の話とさせて貰う・・・